映画監督・劇団主宰 松居大悟
“熊本の方は強くて明るくて温かい。
そこに美しさを感じました”
熊本県でオールロケ撮影された青春映画
『#ハンド全力』の松居大悟監督に
映画の話から旅事情までインタビュー。
実は、着ているTシャツにも
監督の旅へのこだわりがあるんです。
取材・文/小林未亜(エンターバンク)
撮影/島本絵梨佳

松居監督にとって長編映画10作目となる「#ハンド全力」ですが、まずは制作の経緯を教えてください。

くまもと復興映画祭に何度か参加させてもらっていて、その縁で熊本県と日本ハンドボール協会から、世界選手権に合わせてハンドボールにまつわる映画を撮ってほしいと言っていただいたのがきっかけです。オリジナルで作れるのも惹かれましたし、九州は地元でもあるので、やってみようと思ったんですけど、僕は文化系で、スポーツは得意ではないどころか憎い方だったりするので……「ハンドボール頑張る」映画はできないなあと思って。でも「頑張るフリをする」映画ならできるなと思って提案したら、「その方向で」と言っていただけたので作り始めました。そこから、震災復興とSNSとハンドボールを掛け合わせようとひらめきました。

これまでの作品でも若者を描いてこられましたが、今回はどこか優しい印象を受けました。

今までは尖ろう尖ろうとしていたんですけど、尖っている場合じゃないというか、それよりも一人でも多くの人に愛される映画にしたいなという思いがありましたね。10代の映画という意味では同じですけど、取り組み方が全然違いました。これまでは、お客さんを「刺しに行こう」としていたんです、油断させておいて緩んだ所にグッと行くみたいな。でも今回は刺しに行こうとしていない感じですね。

その変化にはどんな理由が?

年齢もあるかもしれないですけど『バイプレイヤーズ』というドラマの影響があると思います。あのドラマは、自分のこだわりというよりも、出ているメンバーの瞬間の表情やお芝居を撮ろうという思いで作っていたんです。その撮影のなかで、メンバーが現場を楽しんでいたり、多くの人を楽しませようと思っている姿勢がかっこいいなと思ったので、僕もそこに憧れたのかもしれません。

熊本が舞台ということで、益城町テクノ仮設団地や熊本城などが出てきますが、ロケ地はどのように決めたんですか?

熊本出身のプロデューサーが、台本を読み込んで探してくれた場所もありましたし、仮設住宅は僕が撮りたいなと思って提案しました。人が減ってきてはいるけど、まだテクノ仮設団地に住んでいる方がいて、その残っている方たちがいなくなったら、あの場所はなくなるんです。だからこそテクノ仮設団地で撮りたいなと思って。震災当時はみんなが取り上げるけど、そこから復活していく過程はニュースで描かれないんですよね。風化させちゃいけないとも思いましたし、息を吹き返そうとしている姿こそ映画で描くべきだと思ったんです。

熊本について、撮影を通して新たに知った魅力はありましたか?

人が強いな、というのが一番にありました。撮影前は、やっぱり大変だろうなとかいろいろ思ったんですけど、現地へ行くと、みんなすごく笑っているし明るいし。励まそう、元気になってもらおうと映画を作っているのに、逆に元気をもらっちゃう感じで。そこに美しさを感じましたね。あとみなさん、心の距離が近くて、温かかったです。初対面でも、友達みたいにグイグイ話しかけてくれて、びっくりしました。

地元の方たちも出演されているんですよね。

はい。仮設住宅のシーンは住んでいる方たちに声をかけて出てもらいました。みなさんすごく上手なんですよ。撮る前は緊張しているのに、スタートをかけるとすごく自然で。カラオケのシーンもそうですし、ふせ(えり)さんとお茶会しているシーンとかもめちゃくちゃ良くて、素敵でしたね。撮っていて楽しかったです。

高校のシーンも国府高校という学校の子たちに出てもらっているし、全部地元の方たちに応援で来てもらっているんです。普通にエキストラで来る人たちよりも生きている感じがいいんですよね。「人が全員生きている」というのが、『#ハンド全力』という映画の一番の魅力だと思っています。

ここからは監督ご自身の旅のお話をお聞きしたいのですが、旅はされますか?

僕、離島が好きで。最近は行けてないのですが、20代は一人旅で離島に行くのがすごく好きだったんです。今日Tシャツを持ってきたんですけど、着ているのが小浜島で、あとは波照間島、屋久島、神津島ですね。

旅グッズを持ってきてくださった方は初めてです! 離島に行ったら必ずTシャツを買うんですか?

一人なので写真をあまり撮らないんです。景色の写真もだいたいネットにあるし、自撮りするのも恥ずかしいなと思って。でも、来た思い出が記憶にしかないのもなと思って、なんとなくTシャツを買っていますね。ちゃんと島が描いてあるやつを選んで。

Tシャツで統一されているのがいいですね。ちなみに離島の魅力はどんなところですか?

時間が止まっている感じがしますよね。東京にいると「今日はあれしなきゃ」「明日はこれしなきゃ」とかすごく急かされるし、テレビもネットもすごいスピードで動いているので焦ってしまうんですけど、離島に行くと立ち止まれて、のんびりできるというか。人間と島が共存している感じが僕はすごく好きで、落ち着くし、自分を取り戻せる感じがします。

特に印象的な島はありますか?

その時の自分のコンディションとかにもよるんですけど、屋久島の縄文杉は思い出深いですね。縄文杉を見に行くには、明け方から出発して、けっこうな長い距離を半日かけて歩いて行くんです。だいたいみんなツアーを申し込んで、案内してもらいながら行くんですけど、僕はよくわからず一人で歩いて行ったら、大変でした。

森の中に入ると絶対雨が降るらしいんですけど、本当にすごい土砂降りにあって。水も500mlしか持って行ってなかったので喉カラカラで死にそうになって、湧き水みたいなのを飲んで……。それでも全然たどりつかなくてどうしようと思っていたら、大きい杉があったので「これか! すごいな縄文杉」って喜んだら、それじゃなくて。奥の方は、縄文杉レベルの樹齢の杉がいっぱいあるんですよ。最終的に縄文杉にたどり着けたんですけど、それまでの杉がすでにすごかったので、あまり感動もなく……。それも含めていい思い出です。

今後行きたいと思っている島はありますか?

宮古列島の大神島という島が気になっています。いとこが宮古島でタクシーの運転手に「あの島(大神島)なんですか?」って聞いたら、「あの島の話はしたくない。あの島に行ったら帰ってこれないんだ」みたいなことを言われたらしくて。神隠しにあう神の島と言われているらしいんですけど、離島好きとしては気になるなと思っていますね。

確かに気になりますが、神隠しは心配です。では最後に、旅を楽しむポイントがあれば教えてください。

予定を立てないってことかな。旅というと「ここに行こう、次はここ」って予定を立てがちですけど、そうしちゃうと、目的と手段だけになっちゃうので、例えば道にいるトカゲが意外と大きいとか、その間の景色を見落としちゃいますよね。旅の何気ない景色や何気ない人との交流が僕は好きだなと思うから、なんとなく「ここに向かおう」とかは決めますけど、たどり着かなかったらたどり着かなかったでいいかなという気持ちで、ウロウロ歩いたり、空気を感じたりして過ごします。

4種類の離島Tシャツを持参してくれた松居監督
着用分を含め4種類の離島Tシャツを持参してくれた松居監督。舞台の稽古着に使用しているそう

松居大悟監督が旅に行きたくなる映画

『百万円と苦虫女』

『百万円と苦虫女』

DVD5,170円 発売中
発売元:日活 販売元:ポニーキャニオン

蒼井優主演、タナダユキ監督による青春ロードムービー。百万円が貯まるたびに知らない土地へ転々と移り住み、海の家や桃畑など行く先々で働きながら暮らすヒロイン・鈴子の、出会いや別れ、不器用な恋の行方を描く。「パッと思いついたのがこの作品でした。(主人公が)お金を貯めて移動していくんですけど、場所によって人の雰囲気が全然違ったりするから、主人公みたいに旅してみようかな、という気持ちになりますね」(松居)
『ナイト・オン・ザ・プラネット』

『ナイト・オン・ザ・プラネット』

Blu-ray3,080円/DVD1,980円
発売元・販売元:バップ

1991年制作のジム・ジャームッシュ監督作品。ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキという5つの異なる都市で、同時刻に走るタクシーの中の物語。「世界各地の同じ時間が描かれるので、こっちは明け方だけどこっちは夜中、みたいな。タクシーの車窓から見える景色だったり人間だったり、それぞれのエピソードも全部雰囲気が違うんです。観るとこの街に行ってみたい、この街のタクシーに乗ってみたいって思います」(松居)
INFORMATION
『#ハンド全力』©2020 「#ハンド全力」製作委員会

『#ハンド全力』

2020年7月24日(金)より熊本先行公開中、7月31日(金)よりシネ・リーブル池袋、イオンシネマほか全国ロードショー

震災から三年後の熊本県を舞台に、SNSがきっかけで盛り上がる男子ハンドボール部を描いたオリジナルの青春映画。熊本県の仮設住宅に暮らす高校生のマサオ(加藤清史郎)は、震災直後のハンドボール部員時代に撮った写真をSNSに投稿。それが思いがけずバズったことで、ハンドボールを頑張るフリをした写真や動画を「#ハンド全力」をつけて次々とアップ。やがて、新たな戦略として廃部寸前のハンドボール部に入部することに。

監督:松居大悟 脚本:松居大悟、佐藤大
出演:加藤清史郎、醍醐虎汰朗、蒔田彩珠、芋生悠、佐藤緋美、坂東龍汰、鈴木福、甲斐翔真ほか
配給:イオンエンターテイメント、ラビットハウス、エレファントハウス

Profile
松居大悟
松居大悟Daigo Matsui

1985年生まれ、福岡県出身。劇団ゴジゲン主宰。2009年に『ふたつのスピカ』(NHK)で同局最年少のドラマ脚本家デビューし、2012年に『アフロ田中』で長編映画初監督。その後『スイートプールサイド』(2014年)、『私たちのハァハァ』(2015年)、『アズミ・ハルコは行方不明』(2016年)、『君が君で君だ』(2018年)など監督作を発表し、国内外から評価を受ける。ドラマ『バイプレイヤーズ』シリーズ(テレビ東京/2017年、2018年)ではメイン監督を務め、さらにMV監督やラジオナビゲーター、5月刊行の「またね家族」で小説家デビューするなど、活動は多岐に渡る。

あの人の旅カルチャー

今月のテーマ「海」 「海」をテーマに本と映画の“目利き”が作品をセレクト。
お家にいながら海へ行った気分になれるバラエティー豊かな作品が集結!

Book

  • 『神様のボート』

    『神様のボート』
    消えたパパと出会うため、あちこち引っ越しを繰り返すママと幼い草子。人を待つなら同じ場所にいればいいのに、ママが流浪を選ぶのは、パパと骨ごと溶けるような恋に落ちたことを「神様のボートにのってしまった」と感じているから。高萩、逗子、そして海のない佐倉でも、物語にはどこか潮の香りが漂います。だけど草子は成長するにつれ、こんな生活に疑問を持ち始め……。江國さんの大傑作!
    江國香織/著
    605円/新潮文庫
  • 『鎌倉湘南カフェ散歩』

    『鎌倉湘南カフェ散歩』
    夏のお楽しみと言えば海カフェでの休息。本書は鎌倉と湘南に特化した文庫サイズのガイドで、お出かけにぴったりです。名女優にちなんだケーキ「ブリジット」が自慢の葉山のお店、オーナーがアウトドアコーディネーターとして国内やアラスカで活躍する三崎の食堂など86店+店主さんのコラムも。江ノ電周辺、北鎌倉の社寺散歩などエリア別に収録されており、山カフェ、街カフェもおすすめ。
    川口葉子/著
    924円/祥伝社黄金文庫
  • 『すし図鑑』

    『すし図鑑』
    海と言えば魚、魚と言えばおすし! 本書はフルカラーで魚介の全身と握った姿を紹介。イワシは「紫式部も食べていた」、ヒラマサは「目が利いて初めて買える魚。ベテラン職人が好む通のすしダネ」などきりりとした情報満載で、さらに、サヨリは「おぼろを乗せて」、金時鯛は「ゆずこしょう」など、食べ方の提案もうれしい。味の乗る産地ももちろん書いてあり、旅したらぜひおすし屋さんへ。
    ぼうずコンニャク 藤原昌高/著
    1,540円/マイナビ出版
間室道子さん 代官山 蔦屋書店

代官山 蔦屋書店に勤める文学担当のコンシェルジュ。雑誌「婦人画報」の連載を持つなど、さまざまなメディアでオススメの本を紹介するカリスマ書店員。文庫解説も手掛け、書評家としても活躍中。

Movie

  • 『あの夏、いちばん静かな海。』

    『あの夏、いちばん静かな海。』
    聾唖者の男女が織りなす一夏の恋模様。2人の間にセリフは一切ありません。サーフィンを始めた彼をそっと見守る彼女、2人の静かな恋の行方は。映像だけでどんなセリフで語るよりも伝わってくる圧倒的な演出力。たけしさんにここまで泣かされる日が来るとは思いませんでした……。そして、この作品は海も主役級のキャスト。きらめきも悲しみも包み込む大いなる役割を果たします。幾多の恋愛映画を見てきましたが、東的に邦画の恋愛映画の頂点です。
    Blu-ray4,180円/DVD4,180円 発売中 発売元・販売元:バンダイナムコアーツ
  • 『ブルークラッシュ』

    『ブルークラッシュ』
    ハワイ・オアフ島ノースショアを舞台に、サーフィンで世界大会を目指す女子の青春映画。揺らぐ水の美しさ、おおきな波、漂う潮の香り、肌で感じる日差し、世界の始まりみたいな朝焼け。五感すべてを刺激する映像はストレス解消に! レニー・クラヴィッツをはじめとする多彩なアーティストたちのレゲエ・ロック・ポップなど疾走感あふれる音楽が海の映像にぴったりでテンションUP。スポ根も恋愛も友情も満たされて総合力高め。CGなしの迫力のサーフィン描写も圧巻。
    Blu-ray2,075円/DVD1,572円 発売中 発売元・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
  • 『美しい絵の崩壊』

    『美しい絵の崩壊』
    海とスキャンダラスな出来事って実は相性抜群なんです。親友の女二人と、お互いの美しい息子たち。それぞれが愛し合ってしまうという問題作です。モラルや常識を考えていたら映画は面白くありません。昼メロ好きな人、ドキドキしたい人におすすめ。輝くオーストラリアの海も、服も、俳優たちもとにかく皆が美しく官能的。ナオミ・ワッツとロビン・ライトがシワさえも豊かな表情のトッピングとなっており、さすがの一言。あの年齢でビキニを着こなす姿は……秘かにダイエットの刺激にも◎。
    DVD4,180円 発売中 発売元・販売元:トランスフォーマー
東 紗友美さん 映画ソムリエ

映画ソムリエとして、テレビ・ラジオ番組での映画解説や、映画コラムの執筆、映画イベントのMCなど幅広く活躍。映画ロケ地巡りも好き。日経電子版で「映画ソムリエ 東紗友美の学び舎映画館」を連載中。

※価格はすべて税込みです