あの人の旅カルチャー

俳優 柳楽優弥
“旅好きな人は
生きるのが上手なイメージがあります”
2021年5月28日(金)公開の映画『HOKUSAI』で
天才絵師・葛飾北斎を演じている柳楽優弥さん。
映画や役柄への思い、撮影裏話のほか、
自身の旅にまつわるお話なども聞きました。
取材・文/小林未亜(エンターバンク)
撮影/島本絵梨佳
ヘアメイク/佐鳥麻子
スタイリング/三田真一

ご自身が青・壮年期 、田中泯さんが老・晩年期の葛飾北斎を体現している、映画『HOKUSAI』。まずは、完成した作品をご覧になっていかがでしたか?

見た後ですごくパワーをもらえるというか、背中を押してもらえるような作品だと思います。努力をし続けた人が晩年になって評価される。評価を徐々に獲得できたのはすべて努力のおかげだということが、夢があってとても好きでした。天才と言われる人にも努力していた時があったのかも、と思えるのがうれしかったです。

青・壮年期の北斎は謎が多いですが、映画で描かれる人物像はどんな印象でしたか?

写楽や(喜多川)歌麿が目の前で評価されて、挫折を味わい、自分探しをしていくなかで、自分には風景画が合っていることに気づき、しっかり自分を見つけていく感じが、引きの強い人だなと思いました。壁を壊してでも前進するというか、パワフルだなとも感じますし。感情が表に出てしまう人で、不器用だなと思います。

絵を描いてばかりいるのに、瀧本美織さん演じる奥さんからあんなに愛されていたのは、どうしてだと思いますか?

わからないけど……圧倒的なカリスマですよね。江戸のバンクシーみたいな。時代劇ということで距離を感じてしまう人もいるかもしれないけど、アートの世界に置き換えたら前衛的。自分を貫いて、生涯絵を描き続けていて。そんなところに惹かれていたのではないかと思います。

同じ役柄を演じるにあたり、田中泯さんと意識を共有するために話はされましたか?

驚くかもしれませんが、全く話していないんです。こういう取材を泯さんと受けた時にようやく、「やっぱりそう思っていましたか!」と確認した感じです。撮影時期も、僕が先で泯さんが後半で、会う期間がなかったんですよね。

お互いの撮影を見に行くこともなく?

そうなんです。クランクアップの日に初めて2人で現場にいて、一緒に絵を描くシーンを撮影したんですけど、そこで僕は安心感を得ましたね。

というのも、それまでの撮影では、北斎はスケールが大きな人ですし、参考資料があまりないので、僕は「このシーンはこういう北斎でいいのか」というのを監督と毎回相談しながらやっていきました。それでラストシーンで泯さんとお会いした時に、ものすごい安心感というか、「もしかしたら本当にこういう人生だった可能性あるよな」と思うぐらい、説得力を感じたんです。

絵についても、僕は何時間も習って、先生に「本番は自分で描いて大丈夫」と言っていただけて安心していたら、泯さんはもっとお上手で。すべて上に行くなと思って……おそるべしでした。

シーンでいうと、柳楽さんが海に入る場面も印象的でした。

ズタボロになって北斎は旅をするのですが、あの時もう人生を一回あきらめるぐらいの気持ちでいたのかなと思います。そんな時海にたどり着き「俺は海を描きたいんだ!」ということに気づく。それまで人物画を描いていた人が、いきなり波の絵にフォーカスを変えるというのが本当にすごいなと思います。それをどう表現するんだろうってずっと考えていましたけど、割と即興でやりました。楽しかったですね。

ちなみにあのシーンは(京都の)京丹後の海なんですけど、『太陽の子』というドラマの撮影でも京丹後に行っているので、去年京丹後の海の水を飲みまくっている俳優はたぶん僕ですね。

京丹後の海に入る柳楽さんに注目ですね。撮影は京都で?

去年は京都に半年ほどいました。京都大好きです。昔、お寺に関わる役柄を演じるために修行に行ったこともあります。嵐山の奥の方の、太秦も越えたエリアのお寺でした。座禅をして、精進料理を食べて、読経をして。

地方ロケでは、撮影の合間に街を見て回ったりもしますか?

たまに、ですね。朝ドラの『まれ』に出させていただいた時、撮影とは別でスタッフさんたちと石川県の能登に遊びに行く機会があったんですけど、撮影中より現地の方とも話せますし、見落としていたものがしっかりと見られて、充実した時間になるなと感じました。

撮影中はなかなかゆっくりできないですよね。プライベートで旅行には行きますか?

多くはないですけど、たまに行きます。そんなに遠くなくて行きやすいので、箱根の日帰り温泉はけっこう好きです。最近はキャンプもやりたいなと思っています。

旅好きな人って、生きていく上での知恵もある気がするんですよね。旅上手な人は生きるのが上手なイメージがあります。何回も旅をしていたら、「この場合はああしない方がいい」とか、いろいろ反省点があるじゃないですか。僕はまだあんまり難しいところには行ってないのですが。

9月20日に出版される『やぎら本』は、海外で撮影されたとか。

そうなんです。29歳の1年間をおさめていただいて。1月から3月は、ニューヨークで語学留学していた時に撮っていただいて、台南ではナチュラルな感じで撮っていただきました。台湾が好きなんですよ。ヨーロッパとかに比べると近いですし、小籠包が本当に好きなのでプライベートでも行きます。行ったらもう、食べるのは小籠包ばっかりです(笑)。

ニューヨークの印象はいかがでした?

いろんな出会いがありますね。最初、知り合いが一人しかいなかったんですけど、その人が紹介してくれた人がまたレストランを紹介してくれたり、いい出会いがあるとそれが連鎖していく感じが本当にあるんだなと思って、不思議でした。ニューヨークも台南も、違うカメラマンさんに撮っていただいて、本当にいい写真が多いので見ていただきたいです。

柳楽優弥さんが旅に行きたくなる映画

『幸福の黄色いハンカチ』

『幸福の黄色いハンカチ』

Blu-ray3,630円 発売中
発売元・販売元:松竹

山田洋次監督が北海道の原野を舞台に描いたロードムービーで、1977年製作ながら色あせない傑作。名優・高倉健と倍賞千恵子が織りなす、美しい大人の愛の物語が感動を誘う。「旅といえばやっぱりロードムービーですよね。ロードムービーは好きですし、見ているとその土地に行ってみたくなるんです。この映画も、見たら北海道でドライブしたくなりました」(柳楽)
INFORMATION
『HOKUSAI』©2020 HOKUSAI MOVIE

『HOKUSAI』

2021年5月28日(金)公開

ゴッホやモネらに影響を与え、今なお世界中の人々を魅了している天才絵師・葛飾北斎の人生を、柳楽優弥と田中泯のW主演で映画化したオリジナルストーリー。町人文化が花開いた文化文政時代の江戸の町で、貧乏絵師だった北斎(青・壮年期:柳楽優弥/老・晩年期:田中泯)は、希代の版元・蔦屋重三郎(阿部寛)に才能を見出され、一躍人気絵師に。そしてその後、70歳で描いた「冨嶽三十六景」が大衆を魅了。あの誰もが知る波の絵が生まれた背景にあるドラマや、表現の自由を抑圧された時代にありながら、最期まで絵を描き続けた男の生き様が描かれる。

監督:橋本一
出演:柳楽優弥、田中泯、阿部寛、永山瑛太、玉木宏ほか
配給:S・D・P

Profile
柳楽優弥
柳楽優弥Yuya Yagira

1990年3月26日生まれ、東京都出身。是枝裕和監督作品『誰も知らない』にて、第57回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を日本人初、史上最年少で受賞。以降、映画・テレビ・舞台で幅広く活躍。主な出演映画は、『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年)、『銀魂』シリーズ(2017年、2018年)、『泣くな赤鬼』(2019年)、『夜明け』(2019年) など。待機作に、『今日から俺は!! 劇場版』(7月17日公開予定)、『ターコイズの空の下で』(2020年公開予定)がある。主演ドラマ『二月の勝者-絶対合格の教室-』(日本テレビ)が7月から放送開始予定、ドラマ『太陽の子』(NHK)が 8月15日放送予定。アニバーサリーブック『やぎら本』が9月20日発売。

あの人の旅カルチャー

今月のテーマ「田園風景」 「田園風景」をテーマに本と映画の“目利き”が作品をセレクト。
ピクニックに行きたくなる、のどかな田園を舞台にした作品をご紹介します。

Book

  • 『田園発 港行き自転車』(上・下巻)

    『田園発 港行き自転車』(上・下巻)
    有名自転車メーカーの社長だった父親は、出張先のはずの宮崎でなく、なぜ富山で急逝したのか。15年の時を経て絵本作家として成功した娘は、初めて父の人生と向き合うため気の合う編集者と滑川へ向かう。素朴さを残す街道や雄大な自然の中で進む旅は、不思議な運命で京都、東京の人々と繋がっていく。まるで自転車の前輪と後輪が連動するように……。北陸を旅する方におすすめの長編小説!
    宮本輝/著
    各814円/集英社文庫
  • 『光の田園物語 ~環境農家への道~

    『光の田園物語 ~環境農家への道~』
    写真家、切り絵作家として名高い今森光彦さんは、約30年前から「環境農家」として活動中で、本書はそのビジュアルリポート。琵琶湖付近の荒れた竹林を一から耕し、里山として再生させていく悪戦苦闘の後で、帰ってきた生きものたち、新芽が吹き出す木々、「感性の栄養」に満ちていく暮らし……。農地を多様な生命の共存の場としている心の広さがそのまま出たような田園写真が素晴らしい。
    今森光彦/著
    2,750円/クレヴィス
  • 『おにぎりレシピ101』

    『おにぎりレシピ101』
    青々とした田んぼの向こうに見えるもの……、それはツヤツヤのお米! 昔からの日本人の旅のお供といえば、おにぎりです。コンビニ買いをやめ、たまには作ってみませんか? 本書はおなじみのツナマヨ+高菜に始まり、なんとすきやきや麻婆豆腐まで握っちゃいます。「ドライトマトとクリームチーズとケッパー」「黒豆とパルメジャンチーズ」など異色の面々も多数。中身も彩りも楽しい101個です。
    山田玲子/著
    858円/だいわ文庫
間室道子さん 代官山 蔦屋書店

代官山 蔦屋書店に勤める文学担当のコンシェルジュ。雑誌「婦人画報」の連載を持つなど、さまざまなメディアでオススメの本を紹介するカリスマ書店員。文庫解説も手掛け、書評家としても活躍中。

Movie

  • 『リリイ・シュシュのすべて』

    『リリイ・シュシュのすべて』
    思春期真っ只中の14歳の少年少女。不安や焦燥、心の闇といった青春の苦味を煮詰めて、ドロリとガラス瓶入りのジャムにしたような美しく残酷な映画。でも……強く感動するんです。はじめて観た時、高校生だった私。その静かな衝撃以後、何気ない風景に絶望も希望も見出せるようになったんですよね。誰も報われないからこそのリアルと、目を閉じてもどこまでも続く稲穂が揺れる光景、瞼にこびりついています。岩井俊二監督が「遺作を選べたら、これにしたい」と述べた作品です。
    Blu-ray4,180円/通常版DVD4,180円 発売中
    発売元・販売元:ノーマンズ・ノーズ
  • 『わたしを離さないで』

    『わたしを離さないで』
    2017年ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロのベストセラー小説を映画化。名著に触れられます。もし、自分の命の時間が決められていたら……。舞台は田園の中にひっそりと佇む寄宿学校。この学校に暮らす子供達は“ある使命”を持って生かされています。影が濃いからひなたを眩しく思うし、苦しみを知っているからこそ希望を持てること。この映画で強く刻み込まれました。自分のアイデンティティについて真正面から問いかけてくる切ない物語に涙。キーラ・ナイトレイ他豪華なキャストが、美しく贅沢。
    Blu-ray2,096円/DVD1,561円 発売中
    発売元・販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン
  • 『下妻物語』

    『下妻物語』
    ロリータファッションに身を包んだ深田恭子と、いかついスケバンに扮した土屋アンナのW主演が当時、大変話題になりました。本来ならば絶対に仲良くならなそうな2人が惹かれ合っていく。この設定が響くのは、恋愛映画だけじゃありません。甘くない女子の友情だからこそ、男との関係なんかに負けないくらい強い絆が生まれるんです。内容はぶっ飛んでいるのに、自分ごとに変換できる現実味のあるメッセージに良い意味で裏切られる。下妻の空の下の田園に佇むフカキョンのゴスロリ姿、忘れられない!
    DVD4,180円 発売中
    発売元:小学館、販売元:東宝
東 紗友美さん 映画ソムリエ

映画ソムリエとして、テレビ・ラジオ番組での映画解説や、映画コラムの執筆、映画イベントのMCなど幅広く活躍。映画ロケ地巡りも好き。日経電子版で「映画ソムリエ 東紗友美の学び舎映画館」を連載中。

※価格はすべて税込みです