[タベサキ Vol.2]
もし村上春樹が食べ歩きをしたらぶらり、村上さんぽ

チーズダッカルビ＆チーズフォンデュチキン

東京都

2018.10.30

タベサキ

文体模写の鬼才、菊池良氏が、村上春樹風の食べ歩き記事を書く連載、第2回。新大久保をぶらり。

Illustration:Yutaka Nakane

チーズダッカルビ（奥）2,680円、チーズフォンデュチキン（手前）2,480円

　ぼくは流行には頓着しないほうだと思う。けれど、チーズ・ダッカルビは別だ。
　その言葉を耳にしたとき、自分も声にだして言ってみたいと思った。そして、実際に言ってみた。案の定というか、「ダッ」という破裂音が気持ちいい。そうですよね。

　それで新大久保にあるチーズ・ダッカルビを出す店に行ってみることにした。「TAK CAFE」というところだ。
　席に案内されると、チーズ・ダッカルビとチ－ズ・フォンデュ・チキン、それにビールを頼んだ。
　新大久保というのは不思議な街で、やけに若い女の子が多い。この店もほかのテーブルを見ると、女の子だらけだ。内装もまるでパンケーキを出してきそうなカフェだった。そんなところでおじさんが一人でビールを飲みながら鍋をつまんでいるのは、ほかの人にはわりに奇妙な光景に見えたかもしれない。自意識過剰ですかね。

　チーズがぐつぐつと煮えた状態で鍋が運ばれてきた。ぼくはすっかり感心してしまった。なんてダイナミックな料理なんだろう。辛めの味つけがされたカルビに、全体を覆うようにチーズがかぶせられているのだ。
　フォークに肉を突き刺し、チーズに包まれるよう半回転させたあと、口に運ぶ。ちょっと身体がびっくりした。肉汁とチーズの濃厚な合わせ技が、あまりにもワイルドだったのだ。

　グラスのビールを飲み干してから、ぼくは事態の深刻さに気づいた。
　ぼくはチーズ・ダッカルビとチ－ズ・フォンデュ・チキンを注文していたのだ。それは一品だけだと寂しいかなと思ったからだった。そして今、鍋いっぱいのチーズ料理が、テーブルに二つ置かれている。食べすぎですよね。「なんでこうなってしまったんだろう？」と首をひねった。しかし、目の前にあるとうっかりフォークを伸ばしてしまう。おかげでぼくのお腹はカンガルーのようにパンパンになってしまった。

　ぼくが家に帰り、ソファーで休んでいると、彼らが部屋に入ってきた。時間は夜の11時を過ぎていた。ぼくは読みかけの『アンナ・カレーニナ』を閉じて、彼らを観察した。彼らはぼくのことを無視して部屋のなかを歩き回った。彼らは人間の十分の一ほどの大きさで、顔はチーズだった。ぱっと見るとおもちゃの人形にも見える。だが、それはちょこまかと部屋のなかを動いているのだった。

それがチーズ・ピープル。