10代から20代にかけて、岩手県の遠野市が大好きで、よく旅行に行っていました。友達と一緒はもちろん、時には一人で日帰りで行くことも。いまでも時折行きます。
 なぜ、こんなに遠野に惹かれるかといえば、小学校の頃、国語の教科書に柳田國男さんの『遠野物語』の「迷い家(まよいが)」というお話が載っていて、「行ってみたい!」と思ったことがきっかけでした。それは遠野の山中にある不思議な家の話なんですが、そこから、いろいろと調べて辿り着いたんです。とにかく、岩手にとても興味が湧きました。
 私は、出身の宮城県気仙沼市の観光大使をやっているので、ほかの土地をご紹介するのはやや気が引けますが…(笑)。『遠野物語』は、いわゆる民話集なんですけれど、河童や天狗などが登場する不思議なお話が満載で、その世界観が好きでした。実は妖怪とか、もののけのお話が好きなんです(笑)。でも、改訂される前の版の『遠野物語』の“書き方”というか、“言葉遣い”も好きなんですが、私が育った気仙沼も、森や、夜の恐さや、そういう神秘的な部分があって、それを体感しているから共感できるんですよね。
 初めて遠野に行った時は、バス停のベンチ一つをとっても、デザインが可愛いなと思って、すごくきれいな場所だと感じました。風景を眺めたり、本に出ている地名を目指したり。
 『遠野物語』に「弁慶の泣き石」というのがでてきますが、不思議なんですよね、あのバランスが。ほかにも、飢饉がひどかった時代に、鎮魂のために作られたお地蔵さんがたくさんいる土地、そして「姥捨て山」。かなり山奥なので『クマ注意!』の注意書きがあったりと(笑)。とにかくディープで、もう民話の世界そのままなのです! まさに神隠しに遭うような印象の土地でした。
 ある時、一人で遠野を旅行していたときのこと。私はある神社に着いたのですが、そこで白い鹿を見たのです。白い鹿は神様の化身といわれますが、とてもきれいで、うっとりと見惚れてしまいました。ただその後、それがどこの神社だったのか、場所がまったく分からなくなってしまったんです。そんな事もあったりしましたね。
 それから30歳くらいの時に、当時90歳過ぎの従兄弟のおばあちゃんから突然、私の一族の祖先が旅芸人で、その一座の座長が遠野で死んで、お墓もある。だから、(私が)よく遠野に行っているのかと思ったと言われたんです。そんな話、まったくもって寝耳に水でビックリしました(笑)。不思議な縁ですよね。
 遠野には、いつも現実と非現実、そういうものの狭間を感じていました。私にとって旅は非日常で、時が流れたり、景色が流れたりしていく、そういう時間が好き。だから、旅が性に合っていると思うんですよ。“非現実的”という要素が、好きなんだと思います。
 祖先が旅芸人だというお話も、あながち本当なのかもしれませんね。