大震災を機にUターンしておむすび屋を開業した店主・栃本さんに聞く、新たな一歩を踏み出す福島県浪江町が持つ魅力とは

福島県

2024.03.15

LINEでシェア
はてなでシェア
pocketでシェア
大震災を機にUターンしておむすび屋を開業した店主・栃本さんに聞く、新たな一歩を踏み出す福島県浪江町が持つ魅力とは

2011年3月11日に発生した東日本大震災から今年で13年。大震災の影響で、浪江町に住むすべての町民が避難生活を余儀なくされました。2017年3月31日、町の一部地域で避難指示が解除されて以降、浪江町に戻る人や、新たに生活を始める人が徐々に増えています。今回は一度浪江町から上京し、のちにUターン移住をした「おむすび専門店 えん」の店主・栃本あゆみさんにお話を伺いました。

写真/山田大輔

目次

閉じる

高校卒業後に上京。大震災を機にUターン移住を決意

“食”を通して老若男女に愛されるお店を作りたいと選んだ「おむすび」

浪江町は新しいことを始めるのにピッタリ

おわりに

高校卒業後に上京。大震災を機にUターン移住を決意

「おむすび専門店 えん」の店主・栃本あゆみさん

「おむすび専門店 えん」の店主・栃本あゆみさん

――浪江町ご出身で、高校卒業までこの町で過ごし、その後は東京に住んでいたそうですね。

「高校卒業後、まずは羽田空港で約2年働きました。その後は知り合いのお店を手伝い、最終的には飲食店のコンサル会社で働くことに。そこでは直営店舗に関する仕事以外にも、依頼があれば飲食店を一からつくる経験もしました。東京に住んでから職場は何度か変わったものの、ずっと“食”に関する仕事をしていましたね。
地元に愛着はあったものの、当時は『いつか浪江町に戻ろう』という思いはありませんでした。むしろ『地元には戻らない!』くらいに思っていたほど(笑)。それくらい、当時は都会の生活が合っていると感じていましたね」

――充実した生活を送っていたことがよく伝わります。都会での生活を楽しんでいたにもかかわらず、地元・浪江町に戻ろうと思ったきっかけは何でしたか。

「東京に住み始めてから数年がたった頃、東日本大震災が発生しました。私がかつて住んでいた室原(むろはら)地区は2022年にやっと避難指示が解除されましたが、震災で家族が避難生活をしている間、家族には『絶対に浪江町に戻りたい』という強い思いがありました。ですが、一番戻りたいと言っていた父と祖父母が避難中に亡くなってしまい、『浪江町に帰る』という願いを果たせなかったのです。そこで、『私たち家族みたいな人たちってほかにもたくさんいるんじゃない?』と考え、そういう人たちが『ただいま』という感覚で戻ってこられる場所をつくりたいと思いました。浪江町に来ても、以前のような懐かしさが感じられなくなっちゃって。お墓参りに来てそのまま帰ってしまうとかではなく、そういう方が戻って来られる場所があったらいいなと思い、Uターンを決めました」

――Uターン移住にあたり、不安なこともいろいろあったと思います。

「町にスーパーが少ないことなど、生活におけるインフラも心配でしたが、何よりも住居の確保が一番不安でした。当時はまだ実家が帰宅困難区域に指定されていたので、住む場所がありませんでした。しかし、被災者にも移住者にも当てはまらない私は、住宅の募集が対象外であったり移住支援補助金等の対象外だったりと、想像以上にさまざまな制約があったため、『どうしよう、住む場所が見つからない』と何度も心が折れかけました」

――栃本さんはじめ、ふるさとに戻りたくても戻れない方が多くいたのですね。2017年3月、町の一部地域で避難指示が解除され、2023年には避難指示区域の見直しにより、浪江町だけでなく徐々に住民の方が帰れる区域が増えてきています。最終的に住居はどのように決められましたか?

「家探しから4か月ぐらいたった頃に町営住宅の募集があることを知り、ついに住む家が決まりました。これが自分のふるさとじゃなかったら、きっと途中で諦めていたと思います」

“食”を通して老若男女に愛されるお店を作りたいと選んだ「おむすび」

「おむすび専門店 えん」 外観

「おむすび専門店 えん」 外観

――なぜ、おむすびの専門店を始めようと思ったのですか?

「浪江町に移住する前から、自分が地元に還元できることは“食”に関することだと漠然と思っていたので、まずは居酒屋を始めようと考えました。早速、店のターゲット層を設定しようと思ったのですが、当時町の人口が1,700人程度しかいなかったので、ターゲット層を絞ってしまうと大変なことになってしまうと気づいたのです。なので、老若男女に愛されるお店をつくることに軌道修正をしました。そんな時、東京に住んでいた頃に『おむすびを握りたてで食べられる専門店があるんだ』と、“おむすび屋”というものがあることを知って感動したことを思い出しました。こういうお店って意外と多くないんですよね。実家で母親が握ってくれたおむすびを食べるような、そんな気持ちになったことをふと思い出したのです。そして『おむすびならテイクアウトもできるし、老若男女みんなが食べられる!』と気が付いたことで、おむすび屋を始めることにしました」

店にはテラス席も完備

店にはテラス席も完備

――Uターン移住早々、お店の開店準備が大変だったそうですね。

「まずは『おむすび専門店 えん』の開業前に、仮設商店街でお店を始めました。ただ、住居がなかなか決まらなかったため、浪江町に戻ってからお店をオープンするまでの期間がとにかく短くて! とはいえ、仮設商店街からは『この日までにお店を開けてほしい』という契約上の問題もあったのでオープンは延期できない……ということで、直前にバタバタと準備をすることに。住む家が決まった時にはすでにオープン1カ月を切っていました。具材を仕入れるためのルートが全くなかったので、本当によく間に合ったと思います(笑)」

――その後、2023年8月4日に「おむすび専門店 えん」をオープンしてからますます多くの地元民に愛されていると思います。お店のこだわりはありますか?

「できるだけ福島県産の食材を使うよう心がけています。お米は会津坂下(あいずばんげ)のものを選びました。具材には浪江産のしらすを使った『じゃこ山椒七味』や、地元のニンニク『サムライガーリック』を使用した『ニンニクみそ』なども用意しています。ほか、町の方の声を反映することもあります。おかげさまで常連さんも増えてきて、最近は夜営業がだんだん小料理屋化してきました(笑)。おつまみメニューとして『おむすびの具材』も出しているのですが、これはお客さまの声から生まれたんですよ。これからも町の人の声は反映させていこうと思います」

浪江町は新しいことを始めるのにピッタリ

栃本あゆみさん

店内はイートインスペースも

――「おむすび専門店 えん」の店主として、今後ますます町を盛り上げていきそうですね。これから浪江町で挑戦したいことはありますか?

「浪江町はまだまだ子どもの数が少ないので、いろんな人と触れ合いながら子どもたちに“食”の楽しさを伝えていきたいです。以前、クラブハウス(※)で子どもたちを対象におむすびを一緒に作って食べる“おむすび体験”というものを開催しました。その後、子どもたちや保護者の方から『今度は“おむすび教室”を開いてほしい!』という声をいただくように。学校などを利用して、子ども向けに教室が開けたらと思っています。職業体験“おむすび屋”とかもやってみたいですね。

(※)クラブハウス:浪江町内の小学校に通う児童を対象とした放課後児童クラブ。町の事業の一環として行われているもので、保護者の就労の有無は問わない。

あと、浪江町には「十日市」という大きなイベントがあります。かつては3日間で10万人近い来場者が訪れるほどの大規模なものでしたが、震災を機に『十日市』は中止となりました。以前は『おむすび専門店 えん』の前を通る『新町通り』の端から端までドーンと露店が並んでいたのですが、3年前に復活した『十日市』ではJR浪江駅の反対側にある『ふれあいセンター』の駐車場で小規模開催しかできていません。やはり、当時の様子を知っている者としては、あの規模でまた再開してほしいです。実はその願いも込めて、新町通り沿いにお店を建てました。いつか大規模に『十日市』が再開されたら『おむすび専門店 えん』として出店し、新町通りを盛り上げたいです」

栃本あゆみさん

――今後ますます移住者・観光客が増えてくると思いますが、これから浪江町に来る方に向けておすすめスポットを教えてください。

「まず、震災遺構・請戸(うけど)小学校をはじめとする請戸地区は見てほしいですね。ほか、2021年にオープンした『道の駅なみえ』や『ラッキー公園』には、観光客がよく訪れています。春になったら『請戸川リバーライン』に満開の桜が咲くので、時期が合えばここも見てほしいです。『高瀬川渓谷』もきれいでおすすめですが、ここはまだ避難指示が解除されていません。そういう場所もたくさん残っているので、いつか避難指示が解除されたら訪れてほしいです。もちろん、『おむすび専門店 えん』にも立ち寄ってくださいね(笑)」

――最後に浪江町はどんな町か聞かせてください。

「浪江町は一度、人口がゼロになってリセットされた町です。だからこそ、新しい文化を受け入れる風土があり、何かを始める時には背中を押してくれる人がたくさんいるあたたかい町です。何か新たな挑戦をしたい人にとって、浪江町はぴったりなのではないでしょうか。今の浪江町を見るために、多くの方が訪れることを楽しみにしています」

◆おむすび専門店 えん
住所:福島県双葉郡浪江町権現堂新町68-2
電話番号:080-6471-3678
営業時間:11:00~14:00、17:30~21:00
定休日:火・水曜日

おわりに

町内をはじめ近隣の特産品がそろう「道の駅なみえ」。月刊旅色3月号参照

町内をはじめ近隣の特産品がそろう「道の駅なみえ」。月刊旅色3月号参照

東日本大震災と、それ以降の辛い経験を乗り越え、Uターン移住を決めた栃本さんにはインタビュー中、終始笑顔があふれていました。それはきっと、この町が活気を取り戻しつつあり、新たな文化・価値観を寛容に受け入れてくれる風土があるからではないでしょうか。「おむすび専門店 えん」だけではなく、浪江町にはあたたかな気持ちになれるスポットがたくさんあります。町の見どころを巡った「月刊旅色3月号福島県浪江町」もぜひご覧ください。

月刊旅色3月号はこちら

Related Tag

#福島県 #インタビュー #月刊旅色 #復興 #浪江町 #移住者

Author

編集部 シラタ

編集部

シラタ

あまり関西弁は出ませんが生まれも育ちも兵庫県、生粋の関西人です。今年こそは沖縄の海に潜りたい。旅色LIKESのことならお任せください!

Articles

編集部 シラタ

羽田美智子さんが町のあたたかさに触れる 『月刊旅色2024年3月号』が公開!

編集部 シラタ

美肌は1日にしてならず。高梨臨さんの【旅グッズ】4選

編集部 シラタ

高梨臨さんが自然を満喫する「旅色FO-CAL」愛媛県四国中央市特集が公開

New articles

- 新着記事 -

真のユニバーサルデザインについて考えはじめた、高齢になった親との旅【山形】
  • NEW

山形県

2024.04.28

真のユニバーサルデザインについて考えはじめた、高齢になった親との旅【山形】

フォトエッセイ リリ

リリ

フォトエッセイ

GWは混雑回避! 旅色LIKESメンバーや著名な連載作家からゆったり旅する術を学ぼう
  • NEW

全国

2024.04.27

GWは混雑回避! 旅色LIKESメンバーや著名な連載作家からゆったり旅する術を学ぼう

tabiiro 旅色編集部

旅色編集部

tabiiro

北陸の隠れた観光地・高岡を路面電車でのんびり ご当地グルメも味わう大人旅のススメ
  • NEW

富山県

2024.04.27

北陸の隠れた観光地・高岡を路面電車でのんびり ご当地グルメも味わう大人旅のススメ

旅色LIKES メンバー

メンバー

旅色LIKES

「これからの沖縄・那覇観光は“何度来ても楽しめる”がキーワード」 沖縄観光コンベンションビューロー 黒島伸仁さんインタビュー
  • NEW

沖縄県

2024.04.25

「これからの沖縄・那覇観光は“何度来ても楽しめる”がキーワード」 沖縄観光コンベンションビューロー 黒島伸仁さんインタビュー

編集部 ヨシカワ

ヨシカワ

編集部

沖縄のソウルフード「ブルーシール」って結局なに!? 県民に愛される理由を聞いてみた
  • NEW

沖縄県

2024.04.25

沖縄のソウルフード「ブルーシール」って結局なに!? 県民に愛される理由を聞いてみた

編集部 ヨシカワ

ヨシカワ

編集部

“スタッフが魅力”のホテルサンパレス球陽館に聞く、覚えられるホテルの秘訣
  • NEW

沖縄県

2024.04.25

“スタッフが魅力”のホテルサンパレス球陽館に聞く、覚えられるホテルの秘訣

編集部 ホソブチ

ホソブチ

編集部

More

Authors

自分だけの旅のテーマや、専門的な知識をもとに、新しい旅スタイルを提案します。

フォトエッセイ リリ

フォトエッセイフォトエッセイ

リリ

tabiiro 旅色編集部

tabiiro

旅色編集部

旅色LIKES メンバー

旅色LIKES旅色LIKES

メンバー

編集部 ヨシカワ

編集部

ヨシカワ

編集部 ホソブチ

編集部

ホソブチ

甲信&ドライブ旅 みっちゃん

甲信&ドライブ旅甲信&ドライブ旅

みっちゃん

LIKESレポーター ERI

LIKESレポーターLIKESレポーター

ERI

女子旅 ほしこ

女子旅女子旅

ほしこ