高橋久美子の旅のメモ帳vol.6「長野県上田市のじまんやき」

長野県

2022.05.29

LINEでシェア
はてなでシェア
pocketでシェア
高橋久美子の旅のメモ帳vol.6「長野県上田市のじまんやき」

作家・作詞家として活躍されている高橋久美子さんが、旅先でとったメモを起点に心にとまった風景を綴る連載エッセイ。第6回は、詩と絵の展覧会「ヒトノユメ2021」が開かれてた長野家上田市から。旅人の目で生活をして、見えてきたものとは。

文・写真/高橋久美子

この街に雨が降るのは珍しかった。私は海野町商店街のアーケードを歩いて夕飯を探したが、戻って宿の目の前にある中華料理屋「檸檬」に入った。壁には役者たちのサイン色紙が並ぶ。晴天率が高いので映画のロケ地に選ばれることも多いそうだ。他のお客さんのテーブルを見回し、やっぱり名物の五目あんかけ焼そばを食べ、幸せな気分で宿へ戻った。

昨年11月から開催していた詩と絵の展覧会もいよいよGWでフィナーレということで4月末から二週間ほど開催地の長野県上田市に滞在した。
上田に行くといつも家に泊めてもらっている共催者の画家、白井ゆみ枝さんが家族旅行で不在だったため、前半はゲストハウス「犀の角」を寝床にした。本、歯ブラシ、化粧水、コンタクトの液……忘れたらいけないものをメモし、久々のゲストハウス生活にわくわくしていた。
海外旅行でも私はゲストハウスのドミトリーを利用することが多い。長期滞在に欠かせないキッチンがあることやリーズナブルというだけでなく、宿泊者同士の情報交換をするのも楽しいからだ。部屋ではさすがに以前のように会話とはいかないが、談話室で宿泊者と交流ができるのはやっぱりゲストハウスの醍醐味だ。
リリックを書いてラップをしているという女子高校生が同室に宿泊していて、詩を見せてもらったりした。この言葉が素敵だね、こういうパターンもかっこいいかもね、なんて話し込んですっかり展示会場へ行くのが遅れたりもした。

「犀の角」はゲストハウス塔だけではなく、舞台が併設されていて小劇場としても有名だ。土日は演劇やダンスなどの表現の場として文化を発信している。犀の角の近くには「上田映劇」という大正時代に建てられた素敵な劇場がある。レトロで重厚感ある建物は今は映画館として市民に愛され、犀の角とならんで上田の新しい文化を担っている。
私たちも映劇でイベントをすることになっていた。友人でもある映画監督の杉田協士さんの作品「春原さんのうた」を鑑賞後、杉田さんと舞台挨拶を行い、お客さんを引き連れて上田の街を歩き、私達の展覧会場へ案内する企画だった。
夕方なので小腹も空くだろうと上田名物のじまんやき(大判焼き)をセットにすることに。メモに書かれた“じまん焼き予約”とはこのことだ。じまんやきの「富士アイス」の前には連日大行列ができている。マンションがいくつも建設中で様変わりしつつある海野町商店街でその光景だけはずっと変わらない。北海道産の小豆を砂糖控えめに煮て、たっぷりと詰めたじまんやきの美味しいこと。列に並んでも毎日食べたくなるの分かるなあ。路駐して並ぶ人も多いからか、連休中はパトカー二台が止まって交通整備されるほどだった。

ルヴァンのランチ、スープセット

ルヴァンのランチ、スープセット

作品の制作や白井さん家に遊びに行ったりと上田に通い始めてかれこれ十年、地元の人より上田に詳しいねと言われる。うん、自分の地元のことより知っていると思う。
四国出身の私にとって、長野の食文化や気候は全くの未知との遭遇だったのだ。でも、蕎麦ばかり食べていたのは最初のうちだけ。実は、駅前の「中村屋」の馬肉うどんが上田人のソウルフードで今じゃ私もこっちへ来てしまう。海野町商店街の「檸檬」の五目あんかけ焼きそばは絶品だが、ここまで混みだしたのは、映画『青天の霹靂』の撮影中、大泉洋さんが絶賛したからだ。お茶屋さんの「喜光堂」のソフトクリームは抹茶ソフトもさることながら、実はほうじ茶ソフトが奇跡の旨さである。北国街道の柳町商店街といえば創業350年以上の「岡崎酒造」やパンの「ルヴァン」であるが、パン屋の目の前にある小さな小さな和菓子屋「名取製餡」のくるみおはぎも絶品で私は一日置きにおやつにした。そして、私達の展示会場になっていたドライフルーツ屋さん「UNITY 0268 SHOP」は日本で初めてここまで様々な果物をドライにしたそう。ちなみに0268は上田の市外局番である。

住んでいたら気づかないこと、数日の旅でも気づかないこと。きっと旅人の目を持ちながら、しばらく生活をすることで見えることってある。ちなみに、海野町商店街には2013年にお店のショーウィンドウに私の詩を展示させてもらったのだけれど、まだ残っている店舗があるのでそれを見つけながら歩くのも楽しい。

中村屋の馬肉うどん、甘口でおいしい。

中村屋の馬肉うどん、甘口でおいしい。

今回は新たな開拓もできた。長野大学の学生が川沿いの古民家を改装して「Old Pub House CHILL」というバーをやっているというので、宿泊していたお客さんとスタッフさんを引き連れて行ってみた。バーというイメージとは対極の、初々しいマスターが作ってくれた山崎のハイボールを飲みながら若い方たちの話を聞く。下手すりゃ20歳近く年下の彼らの話。青くてくすぐったくて、突っ込みたい気持ちを抑えて母親のような気持ちで眺めていた。

北国街道柳町の通り。太郎山が見てる。

北国街道柳町の通り。太郎山が見てる。

展示最終日、リリックを見せてくれたラッパーの学生が来てくれて、熱心に詩や絵を見てくれた。犀の角のスタッフさんや、CHILLの店長も彼女といっしょに来て、それぞれに新しい世界との出会いを楽しんでくれたようだ。
久々に東京へ帰り、山がないのでしばらく落ち着かなかった。雪解け水をたたえた新緑の山々が、まだまぶたに焼きついている。

高橋久美子の旅のメモ帳vol.7「茅ヶ崎と小津安二郎とピーナッツ」

Related Tag

#長野県 #エッセイ #旅のメモ帳 #上田市

Author

作家・作詞家 高橋久美子

作家・作詞家

高橋久美子

1982年愛媛県生まれ。作家、詩人、作詞家。バンド、チャットモンチーのドラマーとして活躍後2012年より文筆家として活動する。詩、エッセイ、小説、絵本、絵本の翻訳のほか、様々なアーティストに歌詞提供を行っている。主な著書に、旅エッセイ集『旅を栖とす』(角川書店)、小説集『ぐるり』(薩摩書房)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ミシマ社)エッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)など多数。近著『その農地、私が買います』(ミシマ社)が話題となっている。

Articles

作家・作詞家 高橋久美子

高橋久美子の旅のメモ帳vol.14「由布院・別府 冬の温泉旅行」

作家・作詞家 高橋久美子

高橋久美子の旅のメモ帳vol.13「福岡ぶらりと食の旅(夜・はしご酒編)」

作家・作詞家 高橋久美子

高橋久美子の旅のメモ帳vol.12 「福岡 ぶらりと食の旅(お昼編)」

New articles

- 新着記事 -

2024年5月にプライベートサウナがオープン! 旅色地域プロデューサーが足繁く通う「雲仙みかどホテル」で、骨抜きになる癒し旅へ【長崎】
  • NEW

長崎県

2024.05.23

2024年5月にプライベートサウナがオープン! 旅色地域プロデューサーが足繁く通う「雲仙みかどホテル」で、骨抜きになる癒し旅へ【長崎】

tabiiro 旅色編集部

旅色編集部

tabiiro

【福岡・糸島】おすすめの絶景とカフェへ! 初夏のドライブ女子旅
  • NEW

福岡県

2024.05.22

【福岡・糸島】おすすめの絶景とカフェへ! 初夏のドライブ女子旅

女子旅 ほしこ

ほしこ

女子旅

【開催間近!】市の一大イベント「川開き観光祭」と合わせて巡りたいスポットを九州在住ライターがご案内
  • NEW

大分県

2024.05.21

【開催間近!】市の一大イベント「川開き観光祭」と合わせて巡りたいスポットを九州在住ライターがご案内

九州&着物旅 かっきー

かっきー

九州&着物旅

富士山周辺の観光を堪能! 鉄道旅ライターが行く、富士急行旅【山梨】
  • NEW

山梨県

2024.05.20

富士山周辺の観光を堪能! 鉄道旅ライターが行く、富士急行旅【山梨】

鉄道旅 なお

なお

鉄道旅

今一番アツい交差点はここ! 原宿「ハラカド」で最先端カルチャーを浴びる

東京都

2024.05.14

今一番アツい交差点はここ! 原宿「ハラカド」で最先端カルチャーを浴びる

編集部 ホソブチ

ホソブチ

編集部

江戸の娯楽を味わおう! 東京湾の伝統漁法「すだて遊び」は家族の団結がカギ⁉

千葉県

2024.05.13

江戸の娯楽を味わおう! 東京湾の伝統漁法「すだて遊び」は家族の団結がカギ⁉

親子旅 トシ

トシ

親子旅

More

Authors

自分だけの旅のテーマや、専門的な知識をもとに、新しい旅スタイルを提案します。

tabiiro 旅色編集部

tabiiro

旅色編集部

女子旅 ほしこ

女子旅女子旅

ほしこ

九州&着物旅 かっきー

九州&着物旅九州&着物旅

かっきー

鉄道旅 なお

鉄道旅鉄道旅

なお

編集部 ホソブチ

編集部

ホソブチ

親子旅 トシ

親子旅親子旅

トシ

LIKESレポーター ERI

LIKESレポーターLIKESレポーター

ERI

大人の社会科見学旅 さっか

大人の社会科見学旅大人の社会科見学旅

さっか